妊娠・出産はお母さん本人だけでなくその家族にとって、大きな幸せを運んでくれるとともに無事に誕生してくれるか不安も大きいものと思います。赤ちゃんが無事に生まれても、元気に育ってくれるかが心配にもなります。同じ時期に生まれた赤ちゃんと比べて、運動面の発育が悪かったり、強い身体の反り返りや足のつっぱりがみられると「脳性麻痺」なのではないかと疑い、不安になってしまう方も少なくありません。今回は赤ちゃんの脳性麻痺とはどのようなものなのか、原因や症状などについて紹介していきます。
■脳性麻痺とは?
1967年、厚生省脳性麻痺研究班により「受胎から新生児(生後4週以内)までの間に生じた、脳の非進行性病変にもとづく永続的な、しかし変化しうる運動および姿勢の異常である。その症状は満2歳までに発現する。進行性疾患や一過性運動障がい、また将来正常化するであろうと思われる運動発達遅滞は除外する。」と定義されました。難しく表現されていますが、簡単な言葉で言うと「妊娠後から生後4週間までの間に、何らかの原因による脳の損傷により発生する運動と姿勢に関わる障害で、将来に渡ってその症状が続くもの」です。
脳性麻痺と聞くと「病気」と考える方もいるかもしれませんが、脳性麻痺は病気ではなく障害です。脳性麻痺は出産前後に脳の一部が傷ついたための後遺症です。脳の神経は一度傷つくともとに戻ることができないため傷ついた分だけ働きが少なくなって、後遺症として障害を残します。脳を傷つけた原因はもうなくなっているため、傷が大きくなったりひどくなることはありません。脳性麻痺になったとしても、発達により残っている脳が代わりをして、いろんなことができるようになります。治らないからといってあきらめて放っておくと、発達する力が弱まるだけでなく、間違った方向に発達し障害を大きくしてしまいます。正しく治療すれば、障害を防ぎながらより良い状態に成育することができます。
■脳性麻痺の原因
脳性麻痺の発生頻度は、1000件の出産のうち2.5人となっていますが、早産の場合では1000件のうち22人というデータがあります。女児よりも男児の方がよりも多く発生することもわかっています。では、どのようなことが原因となっているのでしょうか?
①妊娠中に発生するもの
妊娠中の脳性麻痺の原因としては、脳の中枢神経系の奇形、遺伝子や染色体の異常、感染症などが考えられます。
②出産時に発生するもの
出産時の脳性麻痺の原因には、低酸素性虚血性脳症があります。低酸素性虚血性脳症とは、脳へ酸素が届かないことで脳が損傷されるというものです。いわゆる仮死状態で生まれてきた場合など新生児の呼吸障害や、けいれんでも引き起こされることがわかっています。
③出産後に発生するもの
出産後の脳性麻痺の原因となる脳の損傷は、中枢神経感染症・頭蓋内出血・頭部外傷・呼吸障害・心停止・てんかんなどが引き起こす場合があることがわかっています。
このように、脳性麻痺の原因はさまざまでこうすれば必ず予防できるというものはありません。しかし、感染症を予防したり、早産とならないよう妊娠中の生活習慣に気を配ったりといった取り組みは有効な手段と言えるでしょう。ただし、感染症にかかってしまったら、あるいは早産になってしまったら、必ず脳性麻痺になるというものではないということもしっかり理解する必要があります。
■脳性麻痺の症状による分類
脳性麻痺の症状には下記のようなものがあります。
①痙直型
筋肉が常に緊張し続けているため、つっぱったような状態になります。脳性麻痺児の約80%が痙直型だと言われています。
②アテトーゼ型
筋肉の緊張度合いが突然変わってしまうため、姿勢を保つことが困難になります。自分の意思とは無関係に身体が動いてしまう不随意運動もみられます。
③失調型
筋肉の緊張が低く、正常と低緊張をいったりきたりするためにバランスを保つことが難しく、姿勢が不安定になります。
④その他
痙直型とアテトーゼ型が組み合わさった混合型などがあります。
脳性麻痺は、運動機能だけではなく、知的発達の遅れや言語障害、てんかん、視覚や聴覚などの障害を伴うこともありますが、これは脳のどの部位に障害を負ったかによって変わってきます。
■脳性麻痺の赤ちゃんの特徴
脳性麻痺は、運動に関する筋肉に異常が出ます。赤ちゃんの頃には、母乳を吸ったり飲み込んだりする力が弱いことや、お座りやハイハイなどの運動機能の発達の遅れが目立ちます。
①生後2~3か月頃にみられる特徴
・身体が反り返りやすい
・手や脚のこわばりが異常に強い
・目を合わせない
・身体がピクピクと痙攣することがある
②生後6か月頃までにみられる特徴
・身体の反り返りが異常に多い
・首がすわらない
・寝返りをしない
・ミルクや母乳を上手く飲めない
・手を握りしめたまま開かない
③生後6か月以降にみられる特徴
・原始反射が残っている
・お座りやハイハイをしない
・手足がつっぱったようにこわばっている
・不自然な姿勢でいることが多い
・上手く声を出せない、言葉が出ない
・ものを飲み込みにくい
これらの症状が頻繁かつ継続的にみられる場合、脳性麻痺が疑われます。しかし、1~2歳頃までは健常児であっても骨格や筋肉の発達が不十分なことが原因で、これらの症状が出ることがあります。
■赤ちゃんの反り返りは脳性麻痺を疑うべき?
反り返りは、すべての赤ちゃんに良く見られる現象です。反り返りの原因は、「何かしらの不快感がある」「姿勢をまっすぐに保つ力の加減ができていない」「寝かせた時や抱き上げた時の反射」「寝返りの練習をしている」というものが考えられます。特に、寝返りの練習は生後4~5か月頃に頻繁に起こります。健常児だと生後半年程度で首がすわり、上半身の筋肉が発達していくことで反り返りが減っていき、概ね1歳くらいまでにはなくなっていきます。
反り返りが多いことと脳性麻痺であることは決してイコールではないため、反り返りを過剰に心配する必要はありません。脳性麻痺かもしれない…と不安に思うこともあるでしょう。そういった場合は、自分ひとりで悩むのではなく医師に相談することをお勧めします。脳性麻痺の疑いがある場合、反り返りの多さに加え上記で紹介した特徴がみられること、運動機能の発達が月齢相応かなどで総合的に診断されます。
■脳性麻痺の治療について
脳性麻痺は病気ではありません。そのため、これをしたら必ず治るということはありません。しかし、発達により残っている脳が代わりをして、いろんなことができるようになります。治らないからといってあきらめて放っておくと、間違った方向に発達し障害を大きくしてしまいます。では、どのような方法で治療をするのでしょうか?
①理学療法
理学療法士によるリハビリで、運動や姿勢の障害を改善させるための運動療法を行います。また、電気をかけたり温めたり、マッサージをして痛みを軽くする施術をすることもあります。
②作業療法
作業療法士によるリハビリで、日常生活で行う衣服の着脱やトイレに行く動きなど、生活に必要な動きの訓練を行います。
③言語療法
言語聴覚士によるリハビリで、口の周りの筋肉や呼吸に関わる筋肉の動きの改善、食べ物を上手く咀嚼し飲み込む機能の強化を図ります。
④整形外科的治療
リハビリでは改善できないような関節の拘縮や筋肉の過度の緊張を緩める手術を行います。
⑤補助具
歩行や食事、学習など生活の中のさまざまな場面での行動を介助・自助する器具が開発されています。補助具を利用し関節を固定させて保持することで、歩くことを手助けすることや、運動機能を向上させることができます。
■脳性麻痺の赤ちゃんのための「産科医療補償制度」
産科医療補償制度とは、分娩に関連して発症した重度脳性まひの子どもと家族の経済的負担を速やかに補償する制度です。また、原因分析を行い、同じような事例の再発防止に資する情報を提供することなどにより、紛争の防止・早期解決および産科医療の質の向上を図ることを目的としています。
補償金は一時金と分割金を合わせて総額3,000万円が支払われます。そして、医学的観点から原因分析を行い、報告書を保護者と分娩機関へ送付されます。さらに、原因分析された複数の事例をもとに再発防止に関する報告書を作成し、分娩機関や関係学会、行政機関等に提供されます。申請できる期間は、子どもの満1歳の誕生日から満5歳の誕生日までです。
産科医療補償制度の対象となるのは、重度の脳性麻痺の赤ちゃんです。この基準は2015年に改められ、産科医療補償制度の始まった2009年から2014年末までに出生した場合と、2015年1月1日以降に出生した場合で対象が変わります。詳細は、下記のリンクを参照してください。
http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/index.html
■脳性麻痺かも?と思ったら
脳性麻痺は概ね2歳ぐらいまでに判明することが多いと言われています。しかし、発達は個人差が大きいものです。反り返りの症状が多くみられる、発達が目安とされるタイミングよりも遅れているからといって、必ずしも脳性麻痺であるとは限りません。一人で悩むのではなく心配があれば病院の先生に相談したり、3月健診・6ヶ月健診・1歳半健診などの検診のタイミングを利用して相談してみるのが良いでしょう。